生誕

その子供の誕生を青天だけが祝福していた。


 なまぬるい液体の中をたゆたっていた。
 ゆらゆら、ゆらゆら。小刻みに揺れるねばついた暗闇で、子はゆっくりと瞼を開く。真っ先に飛び込んできたのは、視界を埋め尽くす暗闇。微かな光を透かして、赤みを帯びていた。
 自分がどこにいるのか知りたくて、ふくふくとしたやわい手のひらを暗闇にのばす。すると、かたい壁にぶつかった。軽く叩いてみても、小さな手はすぐ跳ね返されてしまう。どうやら、このかたい壁に周囲を覆われてしまっているようだ。それに加え、子をとりまく液体は粘性で、子の動きひとつひとつにまとわりついてうっとうしい。
 ――ここから、でたい。
 取り巻かれている。覆われている。その事実が、子にとって堪えがたいものとして、今、子の世界にたったひとつ存在していた。
 ねばつく液体の中で、子はせいいっぱい手を伸ばした。世界が揺れる感覚。体重を前へ。前に揺れて、後ろに戻される。目覚めてから、つい先ほどまで、子の前に絶対的な現実としてあった世界が揺れている。
 その感覚がおもしろくて、子はぐらぐらと世界を揺らす。視界の赤みを帯びた暗闇が、そのたびに微かに色を変えた。それがどんな色なのか、子は表現する言葉を持ち合わせていなかったけれど、変わることそのものが面白いと思った。
 夢中になってぐらぐら揺らしているうちに、子は、ぴきりと何かが壊れる音を聞いた。首を傾げる。今の音はなんだろう。何も見ていなかった瞳が、音源を見た。より強い光がそこから射し込んでいる。――あれは、
「……」
 世界が、壊れかけている。
 ひびの入った暗闇を、子はじっと見つめた。光がまぶしい。強すぎるほどの白い光を、子は初めて見た。目覚める前の記憶が何もない子にとって、それは当然のことだった。
 光に手を伸ばす。ぴきぴきと悲鳴をあげながら、ひびが広がっていく。それも面白くて、世界に現れた傷を、子は一生懸命押してみた。それは、どんどん子の手によって広がってゆく。
 ――ぱきっ。
 視界いっぱいにひびが広がった。一拍遅れて、その中心から強烈な光が射し込む。真っ白になった視界。身体はねばついたものに押し出されて、流されていく。
 あたたかな光と波に包まれて、子はそっと目を閉じる。


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