それは、たったひとつのための魔法。

ひとりの女がのぞむ、ただひとつの終極。


 びょうびょうと風は吹き荒ぶ。砂塵を巻き上げ、乾いた空気に乾いた砂が入り混じる。
 生命の気配ひとつ感じられぬ荒野。どこまでも広がる砂原の中央に、女がひとりぽつんと立っていた。
 背の半ばほどまである、砂原と同じ色をした髪が、突風にあおられてさらりと流れる。 砂色の瞳は、地とは対照的な清らかさで高く遠く透き通る空を映し出し、けれど虚ろに、焦点の定まらぬ茫洋とした視線を向けていた。
 憎らしいほど清々しい天に向かい、女はおもむろに手を伸ばす。ゆうるり。 愛しい人の頬を撫でるような優しさで。子を見守る母のような慈悲深さで。大好きな母と手を繋ぎたい子供のような、無邪気さで。
 女は、とろけるような笑みを浮かべた。
 女の裸足の足元から、発光する同心円状のものが、ゆっくりゆっくりと広がって大きくなっていく。 湧き出る幾何学模様と、古えの言葉。この世界のどこにも使われていない、女だけが意味を知るもの。
 女の知り得るかぎりの力を、光り輝くこの領域に込めて願う。
 女を取り巻く円状の光はふくらみ大きくなっていく速度をゆるやかにしながら、輝く強さを増して回転を始める。
 回転の速度は徐々に早く。光度はより強く。やがて女の姿が見えなくなるほど、その光は強くなり。
 限界まで引き絞られた弓矢の如き力を解き放つ文言を、ささやく。
「さあ、ともにゆきましょう」
 天が、割れた。
 蒼の空を無残に引き裂いて、煌々と世界を照らし出す光の一閃が、光り輝く円柱の中心を女ごと貫く。 女を貫き、地を貫き、世界の中心をあやまたず射抜いた光は、その役目を終えて跡形もなく消え失せた。
 絶叫。誰のものでもない。だが、誰のものでもあろう悲鳴。生命の根幹を揺るがす力が、箍が外れたように弾け飛んだ。
 心臓を破られた世界が泣き叫ぶ。喪失の痛みに叫喚する。
 一瞬にして悲痛なる断末魔に彩られた世界の中心で、世界と共に貫かれたちっぽけな女がひとり。
 たったひとりの魔女が望んだ、ただ愛するものとの無理心中。
 地獄と化した壊れ逝く世界の中で、女の死顔ひとつだけが、安らかな表情を描いていた。


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